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「武道教育と無意識L」 格闘Kマガジンの読者のみなさん、ハッスルしてますか。禅道会の小沢です。残暑が厳しいですね。体調の方はどうですか。これからの季節、いよいよ空手界、格闘技界では、メイン大会のシーズンに突入します。前号でも少し触れましたが、今月26日、禅道会のメイン大会「国際エイズ孤児救済支援チャリティ ジャパンオープン2004 バーリ・トゥード リアルファイティング空手道選手権大会」が、長野冬季オリンピック会場であった長野市ビックハットにて開催されます。今年で6回目を迎えるこの大会は、昨年の各階級(62.5kg以下級 72.5kg以下級 82.5kg以下級 82.5kg超級)の優勝者、準優勝者、シード選手2名と、各地区予選・本予選を勝ち上がってきた選手2名と、合わせて各階級4名の禅道会の精鋭選手達と、柔術・シュート・柔道・キック・他流派空手などの中から、書類選考された、何れもタイトル歴のある他団体強豪選手各階級4名、合計8名の選手により競われるトーナメントで、まさにアマチュア ジャケットバーリ・トゥードの日本一を決せんとする大会です。ズバリ、今大会の一番の見所は、やはり何と言っても、82.5kg超級です。この階級には、昨年強烈な豪腕パンチで対戦相手を戦慄のKOに葬り、プロのリングでは、ヘビー級キングオブパンクラシスト 高橋よしき選手を破り、現パンクラスヘビー級1位にランキングされている、昨年の覇者、小沢強選手を皮切りに、やはりライトヘビー級キングオブパンクラシスト 近藤ゆうき選手を破ったことのある、第3回大会王者、百瀬義則選手、第1回・2回大会の優勝者で、肩の怪我に泣かされているものの、実力では禅道会一との呼び声も高い山本孝夫選手、他にも、昨年準優勝、元格闘空手全日本大会重量級2連覇、現禅道会広島支部長の古豪、秋山賢治選手、一昨年の82.5kg以下級の優勝者で、リーサルウェポンと異名をとり、2階級制覇を狙う今津陽一選手などがエントリーを予定しており、アマチュア ジャケットパーリ・トゥードの日本一を決めるにふさわしい豪華な顔ぶれが出揃っていて、勝敗の行方は予断を許しません。また、82.5kg以下級には、浪花のイケ面シューター、プロシュート世界ランキング8位の池本誠一選手を、パンチで病院送りにし、見事勝ち星を上げた同階級のエース、久保輝彦選手、女子の部においては、日本女子総合格闘技界では10年間無敗、禅道会が世界に誇る日本女子最強の格闘家、石原美和子選手をはじめ、軽量級の実力者、TBS系「ゴールデン・マッスル」女子総合格闘技最強決定戦、準優勝の金子真理選手、100年に1人の天才児、滝本美咲選手の出場も予定されており、他の階級も見所が満載です。長野市は遠いようで、首都圏からは新幹線でたったの1時間、読者のみなさん、この大会を観戦に来ませんか。また、大会終了後にホテルメトロポリタン長野で行われる 祝賀会にも、是非お気軽に参加しませんか。選手たちや私と楽しくビールを酌み交わしましょう。読者のみなさんのご来場を、心からお待ちしております。(尚、リアルファイティング空手道選手権大会についてのお問い合わせは、026―293―6944 NPO法人日本武道空手道連盟長野事務所 リアルファイティング空手道選手権大会事務局までお願いします。 ちなみに、NPO法人文化教育活動支援協会 理事長でもと酒乱、女子黒帯最弱?との呼び声も高い佐々木亮子選手も参戦します。みなさん是非応援してあげて下さい) さて、前置きが長くなりましたが、本題に入らせて頂きます。前号は番外編でしたので、前々号について簡単な説明と補足を加えながら、武道の本質について述べていきたいと思います。 前々号では、人の心は、人間関係をはじめとして、様々な出来事や環境の影響によって、身体的な運動(表情・言語・動作・様式)を伴いながら、発達もしくは変化する。言い換えれば、原因である自己は、要因である他者とのコミュニケーションや、学習、経験、環境等との相互関係により、因果律を形成する。このことを武道に置き換えてみた場合、原因(自己)は、要因(競技を通してのコミュニケーション)により、自らの長所や欠点を省みることにより、問題点をクリアーしようとして技術向上する。そのため、競技を軽視しがちな身体表現文化は、技術向上が難しい、もしくは上達の基準が曖昧になってしまう。したがって技術向上のためには、原因と要因とに緻密で深い相互性が認められることになる、と記しました。また、スポーツでは競技性自体の価値が比較されることはほとんどないが、武道もしくは格闘技は、武(実戦性・護身性)を追及するため、スポーツ的に見れば別競技でも比較の対象となりやすい。特に空手道は、武(実戦性・護身性)に対する主観の違いから多くに分派し、競技ルールも競技の意味付けもマチマチになっている。競技ルールによって稽古や身体表現(原因)は変化するため、主観でのルール設定は本来の武の追及から大きくズレてしまうことが懸念される。よって競技ルールは、出来るだけ主観を交えずに、束縛を極力少なくし、自然な形の格闘に近いことが要因として望ましい、とも記しました。自我(意識)が傷付くことを恐れ、生身の人間同士のコミュニケーションが薄れつつある現代、自然環境の大切さと同じく、勇気をもって武を競いあうことは、関係性により心を発達させる私達にとって、とても大切なものなのです。 さてみなさん、私は先ほど、武道の競技ルールは出来るだけ主観を交えずに、自然であることが望ましいと記しました。また、このコラム「武道教育と無意識E」の自我防衛メカニズムのG投影で、自らの主観的事実と真実との間には、どんな人であってもズレがあるのが必然である、とも記しました。では、主観的事実と真実のズレを極力最小限に抑える具体的な方法はあるのでしょうか。このコラムでは、素質や体力に恵まれなくても、敗北の原因と正しく向き合うことにより、技も心も成長すると再三記してきました。それならば、どう自らと向かい合えばよいのでしょう。実は自らの無意識と、具体的にどう向き合うのかという体系を備えているか否かに、武道と格闘技のカテゴリーの違いがあるのです。言い換えれば、武道はとらわれている主観からの脱出方法であるとも言えます。ここまでのコラムを読み進めて頂いたみなさんは、私達の主観(意識)は、意識を守ろうとし意識にとって都合の悪い経験や思いを、様々な方法(自我防衛メカニズム)を用いて、無意識の彼方へ置き去りにしたはずのコンプレックス(無意識に潜む普段は自覚することのない、ある強い感情を伴ったイメージの塊)に、普段から強い影響を受けていることを理解して頂けていると思います。勘のいい読者のみなさんは、私が何を言わんとしているのか、わかって頂けたでしょうか。主観(意識)は大なり小なりコンプレックスの影響を受けている以上、どんなに恵まれた素晴らしい要因(環境・出会い・素晴らしい体験)を与えられたとしても、主観を頼りにする限り、主観的事実と真実の間にはズレが生じ、迷いの原因となり、心の成長の妨げとなる場合があります。また、普通一般的に考えると、人生そうそう運に恵まれている訳ではありません。人を成長させるために必ず善要因が必要ということになれば、素質に恵まれ、高い身体能力を有する人に、運良く生まれることと同様に、技を身に付けたり、心を成長させるためには、自分ではどうすることも出来ない、運命任せということになってしまいます。人が運命を自ら切り開けないとしたら、命に何の意味があるでしょう。善要因の自己(原因)に対する関わりは確かに大切です。しかしながら、それは本質ではありません。真の技や心の発達は、自己が主観を越えてあらゆる事象(要因)の本質を感じるところから始まるのです。そして、成長する自己は、受身であることにとどまらず、要因(環境・他者・創造性)を進化させていく可能性を有していくのです。来月号からは、武道はどう主観を越え、自らを、そして要因をどう見つめていくのかを述べていきたいと思いますので、乞うご期待 |
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